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札幌地方裁判所 昭和40年(わ)914号 判決

被告人 鹿内司朗 宮下洋平

主文

被告人両名は、いずれも無罪。

理由

一、被告人両名に対する本件公訴事実の内容は、

「被告人鹿内司朗は北海道大学教養部二年、被告人宮下洋平は北海道学芸大学札幌分校四年にそれぞれ在学中のものであるが、昭和四〇年一一月五日午後六時五分ごろから午後六時三三分ごろまでのあいだ、北海道大学および北海道学芸大学札幌分校等の学生約七五名が、日韓条約批准阻止のため、北海道公安委員会の許可をうけず、札幌市北三条西六丁目北海道庁構内から同市西五丁目通りを南進し、南四条西四丁目交さ点を経て、南一条西四丁目交さ点付近にいたる間の路上において、集団行進および集団示威運動(以下、単に、「本件集団行進等」と略称するばあいもある。)をおこなつた際、被告人両名は、共謀のうえ、鹿内において右学生集団に対し、『われわれだけでデモをしよう。』と申しむけ、右集団の先頭に位置し、所けいのメガフオンで『日韓反対』などのシユプレヒコールの指揮をとるなどし、宮下において、右集団の先頭に位置し、これに対面して、両手で同集団の先頭にいる学生の衣服を引つぱるなどし、もつて、前記集団行進および集団示威運動を指導したものである。」というにあり、検察官、被告人両名の右行為は、昭和二五年札幌市条例第四九号(集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例)――以下、単に、「本条例」と略称するばあいもある。――一条、五条および刑法六〇条に該当する旨主張している。

そこで、当裁判所は審理をとげたのであるが、右公訴事実のうち、本件集団行進等が北海道公安委員会の許可をうけていないものであるとの部分をのぞくその余の事実については、当公判廷で取り調べた関係各証拠により、これをみとめることができる。

しかしながら、本件集団行進等をもつて、いわゆる無許可のものとする検察官の主張については、当裁判所の是認しえないところであるので、以下、その理由の骨子をあきらかにする。

二、本条例とおなじ内容の昭和二五年東京都条例第四四号についての最高裁判所大法廷判決(昭和三五年七月二〇日言渡・最高刑集一四巻九号一、二四三頁)が判示するように、地方公共団体が、いわゆる「公安条例」をもつて、集団行動による表現の自由に関し、事前の「許可」を要求するなどの規制措置を講ずるばあい、その規制の対象となつているのは、道路その他公共の場所における集会もしくは集団行進、および場所のいかんにかかわりない集団示威運動であり、かつ、この種規制措置が憲法二一条に違反しないと解すべき重要な論拠は、集団行動の特徴ないし社会的性格にかんがみ、いきおいのおもむくところ、実力によつて法と秩序をじゆうりんし、集団行動の指揮者はもちろん警察力をもつてしてもいかんともなしえないような不測の事態に発展する危険にそなえ、適切な措置を講じうるための必要・最小限度の規制方法である点に存すると解するのが相当である。さらに、本条例三条一項が規定するごとく、「公安委員会は、……集会、集団行進又は集団示威運動の実施が公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外は、(右集会等の実施)を許可しなければならない」のであつて、文面上いわゆる「許可制」を採用しているとはいえ、「許可」を義務づけ、その実質においては、いわゆる「屈出制」とことなるところがないと解され、したがつて、許可または不許可の処分をおこなうにつき、叙上のごとき特別の事情が存在するかどうかの認定は、公安委員会の裁量に属するものの、ひとたび、許可処分がなされたのちにおいて、これとあい反する判断をくだすについては、すこぶる慎重な態度をもつてのぞむべきこと言をまたず、とりわけ、罰則の適用にあたり、その要請がひときわ強くはたらくのは、事柄の性質上、当然といわねばならない。

三、このような見地にそくして、本事案を考えてみるのに、本件集団行進等について、昭和四〇年一一月二日久志本秀夫名義にかかる適式な許可申請書が北海道公安委員会あてに提出され、同月四日同公安委員会から同人あてに右申請に対応する許可(北海道公安委員会(公)第一二一号)があつたことは、証拠上明白である。ところが、証拠によつてみとめられるごとく、昭和四〇年一一月五日午後五時四五分ごろから、予定どおり、北海道庁構内において、「ベトナム戦争反対、日韓条約批准阻止」を目的とする集会がひらかれ、全道労協青婦協議長久志本秀夫と道社青同西本委員長のアッピールがなされたあと、午後六時ごろにいたり、札幌地区労青婦協および札幌地区反戦青年委員会の各事務局長である西館泰広から集会参加者全員約一二〇名に対し、天侯がわるくなつたのでその後に予定していた集団行進等を取りやめ、集会の終了をもつて解散する旨が表明され、つづいて右久志本秀夫もまた、同趣旨のことを、集会参加者全員に表明したところ、これに異論をいだいた合計約七五名の学生集団が午後六時五分ごろから本件集団行進等にうつつた(その他の集会参加者は、すでに帰途につき、久志本も、午後六時五分ごろには帰路に立つた)ものである。そこで、問題は、前記許可申請書のうえで「主催者」として掲記され、北海道公安委員会による許可処分においても「主催者」とされていた久志本をふくめ、集団行進等の取りやめ表明にしたがつた約四五名が現実にその後の集団行進等をおこなわなかつたにもかかわらず、被告人両名をふくむ学生集団が「主催者」側の意向・方針に服従しないで、その指示をこばみ、行動面で分離・けつ別するなどの行動に出、主観的にも、客観的にも、「主催者」側の考えたのと独自な集団を組織化したと社会的に評価しうる事実があつたからといつて、そのことのゆえに、じ後の本件集団行進等の実施が本条例上阻止されるにおよぶ――すなわち、無許可性をおびるにいたる――と解すべきか否かにある。この点について、検察官は、北海道公安委員会が本件集団行進等の許否をさだめるに際し、その「主催者」が右久志本秀夫であることを念頭において検討した結果である旨を強調するとともに、右許可の効力のおよぶ対象の範囲いかんは「主催者」の同一性いかんにかかると主張している。

しかしながら、本条例による規制対象が、あくまでも集会、集団行進および集団示威運動、すなわち集団行動そのものであると解すべきことは前説示のとおりであり、本条例のように、地方公共団体が事前に集団行動についての予防的規制措置を講じうる合理的必要性の是認されるゆえんにかんがみ、あわせていつたん許可処分がなされたのちにおいて、これをくつがえす判断をおこなうについてはつとめて慎重でなければならないとともに、本件では被告人両名が無許可の集団行進等を指導したことを理由とする処罰の可否が問題とされている点などを考慮すると、本来適法な許可をうけたものとしてなしえた集団行進等の実施が、「主催者」の同一性いかんにより、本条例上阻止されるにおよび、その効果において、本条例三条三項所定の許可の取消(その手続的・実質的要件は、すこぶる厳格である。)にひとしく、あらためて、所定の期間をおき、あたらしい「主催者」による集団行進等について、公安委員会に対する許可申請の手続をもとめるのみならず、さらには、「主催者」の意向・方針に服従しない者による集団行進等の指導者を処罰する理由とするごとき見解には、同調することができない。

四、ちなみに、本件においては、証拠上、被告人両名が本条例三条一項ただし書の規定による条件に違反しておこなわれた集団行進等を指導したと解するに足る事実関係をみとめうる余地なしとしないところから、当裁判所は、検察官に、予備的訴因・罰条の追加方につき、自発的な検討をうながしたのであるが、検察官は、その必要をみとめない意向を明白にし、被告人および弁護人側も、もつぱらこれを前提とした防ぎよ方法を講ずるにとどまつたので、このような本件の具体的な審理経過にてらすと、訴因による訴訟法的制約にもとづき、いわゆる「条件違反」の事実を根拠とする被告人両名の刑事責任の存否に言及すべきかぎりでないのはもとより明白である。

五、よつて、本件は、被告事件が罪とならないときにあたるので、刑訴三三六条にしたがい、被告人両名に対し、いずれも、無罪を言いわたすこととする。

そこで、主文のとおり、判決する。

(裁判官 角谷三千夫)

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